篆隷万象名義』(てんれいばんしょうめいぎ)は、9世紀前半に空海によって書かれた、現存最古の日本製字書である。

概要

『篆隷万象名義』は16000字弱の掲出字を542の部首で分類して掲出している。巻1の冒頭に「東大寺沙門大僧都空海撰」と記してあることから、空海の撰と考えられる。

高山寺蔵本は永久2年(1114年)に書写され、6帖からなる。古い写本として現存する唯一のもので、他の写本は江戸時代以降に高山寺蔵本を写したものである。なお、高山寺蔵本は国宝に指定されている。

前後の区分と後半部分の撰者

高山寺蔵本は冒頭の部首一覧で30巻に分けられており、最終帖も巻30で終わるため、一般に30巻と数えられる。しかし、第1-4帖の範囲は部首一覧の分巻に従わず巻1-50に分かれており、第5-6帖は巻15下-30に分かれている。この違いから、第1-4帖を前半、第5-6帖を後半と区別することが多い。

『篆隷万象名義』が幕末に知られるようになった後、当初は全体が空海撰と考えられてきたが、分巻の違い、第5帖冒頭にある「續撰惹曩三佛陁」、反切用字の異なり上田 (1970)などから、現在では第1-4帖と第5-6帖は撰者が異なると考えられている。

掲出の体例

各字は、まず上段に篆書を出し、下に通常の楷書の文字、反切による音注と簡単な義注を示す。ただし篆書が書いてある箇所は一部にすぎない。また、比較可能な範囲では、文字の配列は顧野王『玉篇』そのままで、音義も『玉篇』のものを節略したものとして説明できる(かつては独自の説明もあるとされた)。現在では「『篆隷万象名義』の音義には独自の点はほとんどない」と考えられている。もともとの玉篇は大量の引用と「野王案」として著者の意見を述べている箇所があったが、『篆隷万象名義』ではこれらは省略されている。

評価

『篆隷万象名義』は幕末から写本が出回って学者間に知られるようになった。

清末に中国で失われたが日本に存在する古書を収集した楊守敬がこれらの『篆隷万象名義』写本も購入してその内容について記し、中国でもその重要性が知られるようになった。

前述のように、日本独自の点は少ないが、原本『玉篇』が失われて現存しないため、『篆隷万象名義』は原本『玉篇』が本来どのような内容だったかを知るための貴重な資料となっている。 『篆隷万象名義』の反切は原本『玉篇』の反切と基本的に一致すると考えられるため、河野 (1937)や周 (1936)はこの反切を使って6世紀中頃の南朝の標準的な読書音を復元した。

また、漢字字形資料としても貴重である。

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 岡井慎吾「篆隷萬象名義を見て」『柿堂存稿』有七絶堂、1935年(原著1928年2月)、151-157頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/1813358/1/82。2023年1月7日閲覧。 
  • 岡井慎吾「篆隷萬象名義との比較 附新撰字鏡との關係」『玉篇の研究』東洋文庫、1933年、193-194頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/1147873/1/149。2023年1月7日閲覧。 
  • 山田孝雄「篆隷万象名義(崇文叢書本解題)」『典籍説稿』西東書房、1934年、136-141頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/1902258/1/86。2023年1月7日閲覧。 
  • 周祖謨「萬象名義中之原本玉篇音系」『問学集』 上、中華書局、1966年(原著1936年)、270-404頁。 
  • 河野六郎「玉篇に現れたる反切の音韻的研究」『河野六郎著作集』 2巻、平凡社、1979年(原著1937年)。 NCID BN00460538。 
  • 川瀬一馬「篆隷萬象名義」『古辭書の研究』雄松堂出版、1986年(原著1955年)、49-53頁。ISBN 4841900209。 
  • 神田喜一郎『篆隷萬象名義解題』同朋社〈神田喜一郎全集3〉、1984年(原著1965年)、363-372頁。 
  • 白藤禮幸『篆隷萬象名義解説』高山寺典籍文書綜合調査団〈高山寺古辞書資料 第1 (高山寺資料叢書 ; 第6冊)〉、1977年、637-650頁。 NCID BN01946477。 
  • 高田時雄『篆隸萬象名義解説』(pdf)〈定本弘法大師全集 9〉1995年11月。http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~takata/Banshomeigi.pdf。2014年7月24日閲覧。 
  • 貞苅伊徳「玉篇と篆隷萬象名義について」『国語学』第31巻、日本語学会、1957年12月、91-99頁、2022年12月11日閲覧。 
  • 上田正「玉篇残巻論考」『神戸女学院大学論集』第17巻第1号、神戸女学院大学研究所、1970年7月、21-37頁、doi:10.18878/00000476、2022年12月11日閲覧。 
  • 宮澤俊雅「図書寮本類聚名義抄に見える篆隷万象名義について」『訓点語と訓点資料』第52巻、訓点語学会、1973年、1-30頁、2023年1月7日閲覧。 
  • 福田哲之「『篆隷萬象名義』の篆体について」『書学書道史研究』第1991巻、83-93頁、doi:10.11166/shogakushodoshi1991.1991.83、2023年1月7日閲覧。 
  • 李媛「埋字と脱字 : 篆隷万象名義の掲出字数をめぐる問題」『訓点語と訓点資料』第135巻、訓点語学会、2015年、60-41頁、2023年1月7日閲覧。 
  • 池田証寿「圍繞《篆隸萬象名義》所據《玉篇》的諸問題」『北海道大学文学研究院紀要』第162巻、2021年、103-121頁、doi:10.14943/bfhhs.162.l103、2023年1月7日閲覧。 
  • 池田証寿「篆隷万象名義データベースについて」『国語学』第178巻、日本語学会、1994年、57-65頁。 
  • 月本雅幸「空海」『日本語学』第35巻第4号、明治書院、2016年4月、4-7頁。 

関連項目

  • 玉篇

外部リンク

  • 篆隷万象名義(崇文叢書本)巻第一之一・二、巻第二之一・二、巻第三之一・二、巻第四之一・二、巻第五之一・二・三・四、巻第六之一・二・三・四。崇文院(1926), 国会図書館デジタルコレクション
  • “国宝・重要文化財”. 栂尾山 高山寺 公式ホームページ. 2014年7月24日閲覧。
  • 池田証寿. “古辞書”. 2014年7月24日閲覧。 (篆隷万象名義データベースあり)

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